辛いだけの恋は終わり



ポチャン、と台所で水が垂れる音が聞こえた。
小さいその音は静かなリビングを通り越してしっかり私の押し入れまで聞こえて来た。
またポチャン、と音が鳴る。

一体今何時頃だろう、とっくに日付は変わっているのだろうけど。
私は寝床になっている押し入れの中で布団に包まりながら起きていた。
今だ帰って来ないこの家の主、糖尿病予備軍銀髪天然パーマの銀ちゃんを待つために。

銀ちゃんが夜遅く帰って来たとき甘い女の匂いをまとって帰ってくるようになったのはいつからだろう。
毎回、というわけじゃないけど、お酒の臭いか甘ったるい女の匂いをまとって帰ってくる。

私は押し入れの中でカン、カン、と階段を上がってくる音が聞こえるのを息を殺していつも待つ。
そしてカン、カン、と音が聞こえてガラガラとドアが開いても私はまだ息を殺してる。
銀ちゃんが私の押し入れの前を通ったら、クン、と匂いを嗅ぐ、犬みたいだけど、しょうがない。

それでお酒の臭いなら私は押し入れの戸を開いて静かに地面に降りる。
それでベロンベロンの銀ちゃんに冷たい水を差し出す。
そしたら銀ちゃんは黙って受け取って一飲みで飲み干してさっきよりかは酔ってない顔で私を見て悪いな、
って言って私の髪をくしゃりと撫でる。
それだけで私は嬉しくなって布団に入っていい気分ですぐに眠りにつく事ができる。

けど、甘ったるい匂いだった時は押し入れからはでない。
包まっている布団を更にきつく体に巻き付けて目をギュ、ってきつく閉じる。
苦しくて苦しくて、泣きたくて。でも泣けなくて。
イビキが聞こえてきたら静かに目から涙が伝う。

銀ちゃんに想いを伝えたいと思うし、伝えたいと思わない。
伝えた所で私の望む結果にはならないことはわかっているから。
だからこっそり涙を流すぐらいは許して欲しい。

カン、カン、と音がした。ガラガラとドアが開く。
押し入れの前を通る、ふわりと―――・・・

目から涙が零れた、ちょっとまって、まだ早い。
銀ちゃんが寝てからだ。まだ和室にすら入ってないのに、涙が、止まらなかった。
止まって止まって止まれ―――・・・。
止まって、と思うとその分また涙が溢れてきた。

「ひ、っく」

思わず鳴咽が鳴ってしまった。
もう、止まらない。

「神楽?」

私の鳴咽が聞こえたらしい銀ちゃんが押し入れの襖を開けた。

「銀、ちゃ―・・・」

あぁ、なんで、何故貴方はこんな弱った私を見つけるのが上手いんだろう。
ほって置いてくれればいいのに、名前を呼ばないで。手を差し出さないで。

(もう、戻れない)